2008年01月23日

加藤博一選手

加藤博一世間ではスーパーカートリオ、スーパーカートリオと言うが、私にとって加藤博一選手といえば古葉竹識監督時代の横浜大洋ホエールズが印象的だ。

高木豊、加藤博一、屋鋪要の3選手をスーパーカートリオとして売り出した近藤貞雄監督の後に広島東洋カープを常勝チームにした古葉監督を就任させた横浜大洋だったが、周囲の期待に反してチームは低迷。
選手の間には「広島では、広島では、」といい続ける首脳陣に対するアレルギーがかなり強かったと聞く。次第にそれは戦いぶりにも反映される。

緩慢なプレー。
無気力なプレー。

そんな中でも加藤博一選手は違っていた。
明るいキャラクターばかり強調されていたが、代打の切り札として活躍したのだ。あのバッティングフォームを思い出すと涙が出てくる。

「代打 加藤!」の場内アナウンスの後にみんなで叫んだ「ひろかず」コール。

選手と首脳陣の確執が本当にあったとしてもチームの勝利を信じるファンには何の関係もありません。当時の横浜大洋にはその意識が欠落していたと思います。そんな弱いチームの中にあっても加藤博一選手は光っていたように思います。

歴史に残る成績は残していないと思うけど、野球ファンの記憶にはいつまでも残り続ける選手です。横浜スタジアムでみんなの期待を受けてバッターボックスに向かう加藤選手。思い出すだけで涙が止まりません。

ご冥福をお祈りします。

加藤博一横浜大洋、阪神などで外野手として活躍した加藤博一(かとう・ひろかず)氏が21日午後0時54分、肺がんのため神奈川県横須賀市内の病院で死去した。56歳だった。俊足巧打を武器に大洋では高木豊、屋鋪要と「スーパーカートリオ」を結成し話題を呼んだ。現役引退後は野球解説者として軽妙なトークなどでお茶の間の人気者となり、バラエティー番組などでも活躍。一昨年から闘病生活を続けてきたが、今月になり容体が急変。帰らぬ人となった。

加藤氏は家族に見守られながら息を引きとった。遺体が戻った逗子市内の自宅で取材に応じた二男の眞一さんは「一昨年から体を悪くして…」と語るのが精いっぱいだった。

加藤氏の所属事務所によると、06年冬に肺がんが見つかり、昨年2月に手術。それでも、その後は野球解説の仕事に復帰。7月に左太腿にがんが転移していたことが発見されたが、手術はせず、放射線治療や抗がん剤による治療で入退院を繰り返した。病床にはオリックス・清原からサイン入りバットとサイン色紙が激励のため届けられたという。生前、加藤氏が現場に駆けつけた時は抗がん剤の影響で髪の毛は抜けて帽子姿だったが周囲には「髪が抜けちゃったよ」と気丈に振る舞っていた。最後まで持ち前の明るさを失わずがんと闘ってきたが、ついに力尽きた。「現場に戻りたい。グラウンドに戻って野球を見たい」が口癖だった。

多久工(現多久)から70年にドラフト外で西鉄(現西武)に入団。76年に阪神に移籍してレギュラーに定着。79年に江川から初本塁打を放つなど"江川キラー"として活躍した。83年に移籍した横浜大洋では2番に定着。85年には48盗塁とリーグトップの39犠打をマーク。高木豊、屋鋪要と3人で148盗塁を記録し「スーパーカートリオ」として話題を呼んだ。髪形はパンチパーマ。ユニークで明るい性格から人気者となり、打席でのテーマ曲「蒲田行進曲」が元になったスタンドからの「ヒロカズコール」は横浜スタジアム名物となった。86年にはプロ17年目で初のオールスターにも出場した。

90年の現役引退後は、テレビのスポーツニュースで巧みな話術と持ち前の明るい性格を発揮。解説にバラエティーの要素を加えた野球キャスターの草分け的存在となり、一躍お茶の間の人気者になった。解説者の後輩には「グラウンドに誰よりも早く行って、選手の話を聞くんだ」と指導。自らが苦労して定位置をつかんだ経験から、現場では選手の話を親身になって聞くなど、現役選手からの信望も厚かった。金本(阪神)、松井稼(アストロズ)らも加藤氏を慕っていた。誰よりも野球を愛し、野球を熱く語ってきた。スーパーカーのごとく56年の人生を走り抜けた加藤氏の"ヒロカズ節"はもう聞けない。
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2008年01月21日

青山五郎氏 死去

青山五郎かつて同じ業界に身を置いていたものとしては『時代の変化』を感じざるを得ません。
一時代を築いた経営者というより紳士服業界を変えた男 青山五郎氏が亡くなったそうです。

青山商事の青山五郎会長死去(中国新聞) - goo ニュース

紳士服専門店最大手の青山商事(福山市)の創業者で、会長の青山五郎(あおやま・ごろう)氏が15日午前2時1分、肺炎のため死去した。77歳。

通夜・告別式は密葬とし親族のみで行う。社葬の日時場所は未定。自宅は公表していない。
青山氏は府中市出身。旧制府中中学を卒業し、病気のため大学進学を断念。大蔵省専売局(現日本たばこ産業)の府中支局に勤めた後、洋服や食品を扱う青山商事を1964年に設立した。

東広島市に74年、国内では珍しい郊外型店舗の紳士服専門店「洋服の青山」第1号を出店。事業を全国に広げ、世界トップクラスのスーツ販売着数を誇る国内最大の紳士服販売チェーンに育て上げた。97年から会長に就任した。

90年に本社を福山市に移転。地元の文化施設建設や地域活動も支援した。体調不良のため、2007年6月半ばから療養生活を続けていた。

死去した青山五郎会長、型破りな経営(朝日新聞) - goo ニュース

低価格スーツの紳士服店「洋服の青山」を全国展開する青山商事の創業者で会長の青山五郎さん(77)が15日、亡くなった。脱サラ後、実家に間借りして始めた会社を、当時は珍しかった郊外型店舗の展開などで業界首位に育て、不況時の積極採用など型破りな経営手腕も話題になった。会長に退いてからも100円ショップ展開に挑戦するなど、「消費者の味方」に徹した事業への情熱は衰えなかった。

青山さんが親族とともに「日本一の洋服屋」を目指して広島県府中市の実家で青山商事を設立したのは、東京五輪のあった1964年。画期的な安値でスーツを売る発想は、日本専売公社(現日本たばこ産業)を脱サラした経験に根ざす。サラリーマンが毎日着る服を、安心して消耗できる値段で売りたいという素直な思いだった。

「誰もやらないことをやってこそ成功する」が信条。日本一への誓いを、型破りな経営が現実に変えた。

メーカーへの返品なしの条件で商品を仕入れ、コストを抑えて低価格販売に成功した。米国のショッピングモールを視察して日本も車社会になると予見。広島県内の田んぼの真ん中に店舗を構えた。「田んぼビジネスによる流通革命」と自ら呼ぶ、郊外型店舗の事業モデルを作り上げた。

バブル後は低価格商品で百貨店の客も取り込んで業績を伸ばし、91年に売上高868億円でタカキューを抜いて業界首位に立った。

時機を逸さぬ経営判断も光った。地価が下落した92年10月に東京・銀座に出店。首都圏での知名度を上げた。不況で採用を抑えた企業が続出した94年には「人材確保は今が好機」と、逆に採用枠を5割増やした。92年に47都道府県への出店を果たした青い看板の店舗数は、93年度に500店に達し、07年12月現在、700店を超える。

97年に突如、「会社は若返りが必要」と会長に退いた。「ユニクロ」など、新たなライバルが勢いを見せていた。その後も代表権を持つ取締役として経営に携わり、地元・広島の100円ショップの大創産業と契約。「ダイソー&アオヤマ 100YEN PLAZA」の店名で「洋服の青山」の閉鎖店舗に出したり、併設して店舗の魅力アップを図ったりした。かつて雑誌取材に「日本の物価は高すぎる」と述べ、消費者のための流通革命を志した姿勢を、失うことはなかった。
最近は松浦あやさんをテレビCMに起用するなどイメージが変わってきましたが相変わらず関西のローカル企業的な雰囲気を残している青山商事ですが、こういうイメージ戦略を展開しなかった頃は猪突猛進、一気呵成に攻め込んでくる戦国時代の騎馬軍団の如く勢いがあったように思います。

当時、青山氏の著書「非常識の発想」を読んでみてエネルギッシュな人物であろうことは想像できたけど、そんなに非常識でもないなというのが私の感想。オウム真理教の顧問弁護士だった人物が青山五郎氏の息子であるというような噂も流布された時代もあり、何かと話題になったイメージがあるね。

反面、「紳士服は工程の数を減らせば儲かる」的な発言から紳士服のステータスを下げた責任はあるだろう。そのおかげでもともと斜陽だった業界は壊滅的な打撃を被ったのも事実。
中小の紳士服店は廃業し、業界は再編された。
その後、この業界が話題になった気はしない。

どうなっていくのだろう?
何も変わらないかもしれないけど…。

【中国新聞インタビュー】
 わが日々 青山五郎

(1)起業の決意 不明の病気で進学断念

(2)創業の誓い 日本一へ3つのルール
(3)「駅前」から「郊外」へ 米視察で車社会を予感
(4)日本初の郊外型店 PR不足 チラシで解消
(5)安値のサイクル 業界の盲点突き高利益
(6)最大のピンチ 業績悪化に病気重なる
(7)上場への試練 社員の意識改革を徹底
(8)日本一の洋服店 逆転の発想 銀座に進出
(9)地域と企業 感謝込め 郷土に恩返し

【Archive】
 スーツのはなし。(When My Blog Turns To Gold Again)
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2008年01月15日

商人の道

シャッター商店街

これから起業する経営者は「既存の商売には手をださない」と信じきっていた私が出雲の若女将の話題を取り上げたのは、当り前のように考えていたことを覆されてたからです…。

いえ、大切な先人の言葉を思い出したからです。

彼女は田舎で問題になっている後継者不足をビジネスにつなげたところがスゴイと思います。どうしようもなく古くなったビジネスモデルを新しい経営者が立て直す。日本中の後継者に悩む人たちが泣いて喜びそうな話題だよね。

目先を変えることも大切だと思う。
同じようなモノでも見方を変えれば新しいモノに生まれ変わる。
商売の世界ではたいへん重要なことなんだと思います。

土地、建物は家業の付属品という考え方が日本では強いので、親族に後継者がいない場合は廃業を余儀なくされてしまう。
そういう負のスパイラルを断つことがうらぶれた商店街や温泉街には必要なのでしょう。


イオンの岡田卓也さんの本に当り前のようでなかなか言えないことが書かれていた。

店は商店街のためにあるわけじゃない

岡田さんは商店街がダメならばさっさと店を移転させるそうだ。
その考え方からいうと全国の商店街のほとんどの商店主は間違っているのでしょう。

商売をしていた私の祖父もよく言っていたそうである。

「人のいちばん多くいるところに店を構えろ」

それが可能かどうかは別にしてそういう意識をみんな持っていたのでしょう。
それが2代目、3代目の時代になると「愛着がある」という理由で土地を離れることをしない。違う言い方をすると「居心地がいい」と言うよりはそこしか知らないから「離れたくない」だけなんですよね。

そうこうするうちに行政の力を借りたりして「地域活性化」のお題目を唱えますが税金を当てにしていても何もうまくいかない。
結局は倒産。シャッター商店街へ。

そういう図式が成立する商店街が全国にゴマンとあります。

土地に執着を持つのは商人ではなくて農民なんです。
商人はどんなところでも商売をしなきゃいけないんですよ。

「商人の道」

農民は連帯感に生きる
商人は孤独を生き甲斐にしなければならぬ
総べては競争者である
農民は安定を求める
商人は不安定こそ利潤の源泉として
喜ばねばならぬ
農民は安全を欲する
商人は冒険を望まねばならぬ
絶えず危険な世界を求め
そこに飛び込まぬ商人は利子生活者であり
隠居であるにすぎぬ
農民は土着を喜ぶ
大地に根を深くおろそうとする
商人は何処からでも養分を吸い上げ
られる浮草でなければならぬ
其の故郷は住む所すべてである
自分の墓所はこの全世界である
先祖伝来の土地などと言う商人は
一刻も早く算盤を捨てて鍬を取るべきである
石橋をたたいて歩いてはならぬ
人の作った道を用心して通るのは
女子供と老人の仕事である
我が歩む処そのものが道である
他人の道は自分の道ではないと云う事が
商人の道である
読み人知らずのこの詩を座右の銘にしたのがイトーヨーカドー創業者の伊藤雅俊さん。

私も共感するんです。
本当に商売とは難しいものだと痛感する最近です。

岡田卓也の十章―イオンの基本
岡田 卓也
商業界

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[新装版]商いの道 経営の原点を考える
伊藤 雅俊
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商いの心くばり
伊藤 雅俊
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2008年01月14日

山根多恵

温泉津温泉吉田屋女将 山根多恵「島根県に名物女将が経営する旅館がある…。」

その情報に飛びついてしまったんです。
私の周りにも旅館業を経営する人間がいるんで気になったんでしょう。NIKKEI CNBCを見ることにしました。 

「エコノWOMAN SP 温泉津温泉吉田屋女将 山根多恵」というタイトルの番組です。

「売上を2倍にした」という実績が輝きます。
どんな方法で業績を回復したのか興味深々でした。
見ているうちに少し様子が変わってきました。
嫌な思い出が甦ってきたのです。

今年の秋にネットで予約した湯河原の旅館に宿泊したことがありました。値段が値段だったので多少の不満は我慢しましたが、酷いモンでしたね。番組を見ていてこの「吉田屋」さんはそこに似ている感じがしたんですね。

建物は古くても料金とサービスでカヴァーする。
それは当然なんでしょうけど、ちょっと不満があります。
やっぱり、温泉地なんだから温泉につかりたい。
吉田屋さんも経費を削減するために源泉を止めているそうです。?????`?i???_???????j
そのかわり、別料金で外湯につかれる…それでいいのかね。

まあ、いいや。
不満をいえば、泊まらなきゃいいんだから。
どうしても湯河原の旅館とオーバーラップしてしまって失礼しました。もしかしたら湯河原の旅館も吉田屋さんで勉強した人が経営しているんじゃないのかね。そんな気がしてきたな。(たぶん違うでしょうけどね…????????

旅館経営の話には少し不満が残ったんですが、それ以外の話で名物女将は地域の活性化に力を入れているのが興味深かった。
旅館の営業日を週3日にして、後の4日を農業だったり、地域の活性化に使っているそうです。

旅館で使用する食材を休耕田を使って作り始めたり、アイディアを出し合い、そしてチャレンジする。聞いているだけで、清々しくもあり、大変なことだなあと感心しました。私もそうしたいくらいですよ、ホント。
「島根は、過疎や高齢化、伝統ある仕事の後継者不足など、日本が抱えるあらゆる課題の先進地。それだけ大変だけど、島根で問題を解決した成功事例は、全国のモデルになるはず。それって魅力ですよね」(YOMIURI ONLINE
これからだとは思いますが本当に大変な事業にチャレンジする精神。見習いたいモンです。

温泉津温泉 吉田屋ホームページ
若女将のブログ。
旅館経営をベースに地域を活性化(わたしと企業.com)

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2008年01月13日

新春放談 その2

ナイアガラ・カレンダー


さて、サンソンの新春放談。先週の続きです。

今回は「青空のように」から始まりました。
「ナイアガラ・カレンダー」の私のベストトラックは「青空のように」なのですよ、実は。
こういう曲は大好きなんです。

昔は歌詞が気に入っていてラブソングとして鼻歌で歌っていましたが
後にこの曲の「君」は大滝師匠の子供さんだったことを知って驚いた記憶があります。
やられました。????????

泳げカナヅチ君
真夏の昼の夢
名月赤坂マンション
座 読書
想い出は霧の中
クリスマス音頭〜お正月


THE FANTASTIC BAGGYS…と、大滝師匠と山下達郎さんの会話は盛り上がり、面白かったんですが、いちばん興味深かったのが「泳げカナヅチ君」。
あれが、ファンタスティック・バギーズだったとは…。
私はコテコテのビーチボーイズ派なのでジャンとディーンやファンタスティック・バギーズは聴いていましたが、完成度の低いサーフィン・ホッドロットと思っていたので想像できませんでした。????????
だって、ブルース・アンド・テリーだって完成度が低いといえば言えるでしょう?ビーチ・ボーイズに比べれば。違いますか?

あと、名月赤坂マンションね。
あのくだりは大滝師匠の「想い」が感じられましたね。
私も以前見にいきましたけど…。

本当に興味深い話をありがとうございました。???[???i?????????j

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「断腸の思いもあるが」――松下が「パナソニック」に社名変更

松下電器産業本社


今朝もテレビのワイドショーの話題になっていました。
別にナショナル好きではないし、こだわりもないんですけど、まあ話題ですから取上げておきたいと思います。テレビ的な「昭和は遠くなりにけり…」的なノスタルジックな気持ちはないんです。

「断腸の思いもあるが」――松下が「パナソニック」に社名変更(ITmedia News)

松下電器産業は1月10日、社名を「パナソニック」に変えると発表した。「National」(ナショナル)ブランドも廃し、「Panasonic」(パナソニック)に一本化する。

「真のグローバルエクセレンス(世界的優良企業)になるには、ブランドを統一して全従業員の力を結集する必要があると判断した」――松下電器産業の大坪文雄社長は1月10日、大阪府内で会見し、社名変更の理由をこう説明した。

松下幸之助創業以来90年間使い続けた「松下」の社名を捨てるのは、「断腸の思いもあった」と打ち明ける。「私が入社したのも『松下電器産業』。個々人にはノスタルジーもあるだろうが、会社としての発展や成長の可能性につながる決断になるよう努力したい」

また同日、2008年度の経営方針も発表した。普及価格のBlu-ray Discレコーダー投入、世界・最小最軽量の一眼レフカメラの開発、大型の有機ELテレビ開発に向けた準備などを行っていく。

◇「松下」にはローカルなイメージがある

社名変更は07年秋、「若手メンバーに検討をお願いした」結果、決めたという。6月下旬予定の定時株主総会で承認をえた上で、10月1日付けで変更する。「松下」の名が入ったグループ企業もすべて「パナソニック」名に変更。松下電工は「パナソニック電工」に変わる。

大坪社長 国内の白物家電向けに展開してきたNationalブランドも、社名変更と同時にPanasonicへの切り替えに着手。09年度中にPanasonicに統一する。全国の「ナショナルショップ」も順次Panasonicブランドに変えていく。

「松下のブランド価値は、商品の内容と比べて伸びていない。その一因は、ブランドが『松下』『Panasonic』『National』の3つに分散していること。『松下電器』という名にはどうしてもローカルなイメージがある。

世界トップクラスのブランド力を備えたグローバルエクセレンスになるには、分散していた力を1つの価値に集中させることが必要。さまざまな方に支えられてきた創業以来の社名を手放すのは大きな決断で、それ以上の価値を生み出す責任がある」――大坪社長は決意を語る。

創業者・松下幸之助から引き継いできた経営理念は堅持すると強調した。「創業家には昨年12月に説明し、すぐに賛同してもらった。『会社は社会の公器』など、松下幸之助の経営理念は守っていく」。

記事全文はコチラ
日経新聞をはじめ経済誌では、通称"松下幸之助伝説を壊した男"松下電器産業 中村邦夫会長の話題が増えている。以前は中村氏のことを悪人の如く書いてきた週刊誌などと違い何れも好意的な内容だ。
やはり、財界の広報誌(佐高信)だからだろうか?

結局、この社名変更は旧態依然としたものと決別できなかった松下が、ついにそれを捨てたってことでしょう。
パパママショップが姿を消し始めて久しいね。まだまだがんばっているお店もあるけどもうダメでしょうね。残念だけど。

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「ポールとの共演ない」、元ビートルズのリンゴ・スター語る

we love you,Beatles


久しぶりにリンゴ・スターの話題ですね。
ご当人にとって相変わらずビートルズの話ばかりされても面白くはないでしょう。でも、それだけ世間に与えた影響が大きいから仕方ないわなあ。

We Love You , Beatles…????????



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2008年01月10日

少年はYouTube、少女はブログ:ネット利用にジェンダー的な違い

少年少女

こういう考え方もあるのかね?
まあ、何も男女の差がなくなるわきゃないんだから。
こういう説もOKかも知れないね。

少年はYouTube、少女はブログ:ネット利用にジェンダー的な違い(WIRED VISION) - goo ニュース

少年と少女は違う――当たり前だ。けれども、ウェブの利用方法もかなり違っていることがわかった。

男は火星、女は金星からやって来たほど違うという本もあるが、それをもじっていえば、男はYou Tubeから、女はブログからやってきているのだ。

Pew Internet & American Life Projectの調査によると、米国でネットを利用するティーンエイジャー(12歳から17歳)のうち64%は、なんらかのオンライン・コンテンツを作成している。具体的には、写真やビデオを掲載する、コメントを投稿するなどの行動をしている。

10代の少女は、少年と比較するとブログと写真の利用が多く、少年のほうはビデオをオンライン投稿する割合が多い。この差の理由については説明はないが、成人におけるポルノの志向との関係が頭にうかんでくる。

10代のウェブ利用をポルノグラフィーに結びつける私の考えは批判されるかもしれないが、考えてみてほしい。女性はビデオや映画よりもエロティックな文学やロマンス小説を好み、男性はビデオや映画のほうを好むということは広く知られている。こういったジェンダー的な違いが、ウェブなどの他のコンテンツにも見られるということはないのだろうか。
少々偏っている気がしますが仕方がない。
今日もあるところで話題になったんあだけど、ある男性が女性にふられたときのこと。
彼は男性の友人に「あの女は私の子供が生みたいとまで言ったんですよ」とこぼした。女性の友人には「オレはあの女を大切に思っていた。だから指一本触れなかったんだ。こんなことになるんだったら、やっときゃよかった。」とこぼしたそうだ。

みなさん、この対応が間違っていると思いませんか?

この男は残念ながらそれぞれの友人を失ったとさ。
結局、男女は親しさなんて関係ないんだね。
まったく違う思考の生き物だということを忘れてはいけないね。

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岩手伝統の裸祭りポスター 「きわどい」とJR東日本が拒否

蘇民祭

しかし、最近も社会人としての地位よりもルックスを重視して男性を選ぶ不幸な女性と知り合いましたが、そういう人種が増えているってことなのかね。

千年の歴史がある「裸祭り」の伝統が、時代の変化の壁に阻まれた。JR東日本(JR East)が、岩手県奥州市に伝わる伝統行事のポスターを「不快感を与える」として掲示を拒否していたことが明らかになった。

掲示を拒否されたのは岩手県奥州市水沢区黒石町にある黒石寺(こくせきじ)で毎年2月に行われている「蘇民祭(そみんさい)」の宣伝ポスター。ふんどし姿の男性たちが厳寒の深夜、幸運を願い、もみ合いながらお守りの入った「蘇民袋」の争奪戦を繰り広げる。2008年は2月13日に予定されている。

同市はこの祭りのポスターを数十年来作製しているが、JR東日本( East Japan Railway)が掲示を拒否したのは今年が初めてだという。今年のポスターでは「胸毛の濃いひげ面の中年男性」が「ほえている」後ろに、ふんどしをまとっただけの男性たちが写っている。

同地域担当のJR東日本盛岡支社は、ポスター掲示がセクハラにつながるかもしれないと判断したという。同社広報室は「駅はいろいろな人が利用する。このポスターのデザインに不快感を持つ人も出てくる可能性は高い」としている。銭湯や温泉がある日本でも、公衆の面前で裸になることはますますタブーになりつつある。

奥州市の同祭開催担当者は、JR東日本に対し昨年11月に、例年どおりポスター600枚の掲示を申請した。しかし今年は同社から図柄の変更を求められ、市では元はまったく何も身につけていなかった男性たちの写真に、白い下帯を加える修正を行った。

「それでもポスターは却下された。コストの問題や祭りの日程が迫っていることもあり、それ以上の修正はあきらめた」と市担当者はいう。駅構内に掲示されるポスターはいつも多くの人の目にとまるため、市としては非常に残念だと述べた。

JR東日本ではクレームの対象を特定していないが、ポスターに写っている中年の男性本人は、東アジアでは珍しい自分の「濃い」胸毛が抵抗感を招いたのではないかと疑っている。祭りに参加し始めて20年のベテランのこの男性はTVのインタビューに対し「まったく個人の好き好きの問題だから、自分は気にしない」と述べた。(c)AFP 
女性に対して気を使いすぎなんじゃないの?
こういうのだって見なきゃいいんだから。これからは気に入らないことを気にしないように、無視できるような精神力を養わなきゃいけないね。とにかく、最近の世の中は自分の事を棚に上げてギャーギャー騒ぐ連中が多くていけないね。
でも、それ以上にそういう連中をのさばらせる様にしている連中もいけない。本当に勘弁してもらいたいモンだ。

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2008年01月07日

市川亀治郎さん(情熱大陸)

歌舞伎なんて辛いことが大部分。楽しいことなんてない。でも、楽しめる。

努力しないで楽しもうというのが甘いんだよ。

市川亀治郎何気なく見ていた「情熱大陸」で市川亀治郎さんが言っていた。
「情熱大陸」ってたまに良いのやるよね。
※立川流家元 立川談志さんが新橋演舞場で「お●●●〜!」って叫んだ映像を見たのも「情熱大陸」だった。???[???i?????????j

そうだよなあ。
いいこというネェ。
仕事が楽しいというのはありえないんだろうなあ。

…と最近思いはじめました。
でもそれは自分のやりたいことと世間との調整が大変なんであって、仕事は楽しまなきゃいけないというのは間違っていないと思う。
でなけりゃ、やっていけない。

努力するのは何のためか?目的達成のため。
他人さまに喜んでもらうことは本当に大変なことだと思う。そのためにはかなりの時間と労力、そして金がかかる。それを何とかするのが大変なんだ…たぶん。

自分自身に置き換えても楽しい毎日なんかない。
そんな日が来るとも思わない。
でも、たまにある「喜び」がたまらないんだよなあ。
楽な人生を送ることは簡単なんだと思う。

何もしなきゃいいんだから

与えられた課題をこなしていくだけでいい。
それほど楽なことはないよね。
そんな平穏無事な人生って楽しいんだろうか?

忙しい毎日。
もうゴールも見え始める年になってきた。
昨年は酷い一年で、年が明けても新春を感じるなんてできなかった。それでも生きなきゃいけないんだと思う。収入を得て「生活というウスノロ」と付き合っていかなきゃいけないんだ。

今日までの私も「甘え」ていた。
今年は今までと違う人間になるつもりです。目標だけは高いんですが。そのためにダイエットします。
身だしなみにも気をつけます。

そして、豊かな時間を過ごせるようになりたいと思います。

さあ、どこまで出来るかな。
これも「実験」だ。???[???i?????????j

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2008年01月06日

真相報道「バンキシャ!」を見ていて…

真相報道「バンキシャ!」久しぶりに面白い記事を見つけた。
昨年マスコミによる一大キャンペーンがはられた食品偽装について興味深い指摘だ。

赤福、船場吉兆…、食品業者が不正に走る理由を会計的視点で暴く

中でも各飲食チェーンの収益構造の票は驚くばかりだ。
客単価が低いとはいえ原価率がかなり低い。
これだけ低いから全国にチェーン展開できるのか?チェーン展開しているからコストを抑えられるのかは意見の分かれるところだろう。
まあ、とにかく単価が安いので一概には言えないけど。

マスコミで報道されている情報によれば、従業員の給与が抑えられている状況もあるようだ。オーナー一族が利益を独占(してるとは一概に言えないが)、安い賃金で過酷な労働を従業員に強いているという簡単な図式だ。

でも、それは日本は資本主義社会なんだから仕方のないことではないだろうか?しかも赤福や船場吉兆、白い恋人などは、地方企業だから地方でしか分からないステイタスや地方の雇用状況など地方独特の状況があるのでそこを無視した議論は無駄だと思う。

時代劇のような勧善懲悪型の図式が読者や視聴者に分かりやすいからという面もあるから仕方にけど、あまり短絡的な報道は止めた方が良かったんだろう。まあ、マスコミの中には「資本家=悪」という共産主義のような考えで生きている連中がいるのではないだろうか?

これまでの報道は消費者のためではなく、自分たちの欲求を満たすためにおこなっている意趣返しだといわれても仕方ない。

今日、日テレ「バンキシャ」で放送されていた飲食店の食品偽装を告発する内容は面白いというより、くだらなかった。

三重産の真サバをブランド魚「関サバ」と偽って提供していた東証一部上場企業の寿司チェーンを告発していたが、結局、どこのチェーンなのか報道しなかったのは如何なものか?
消費者を欺く…云々とナレーションが入っていたが消費者のことを考えるなら実名報道すべきである。

そんな薄っぺらい「正義」を振りかざしたって視聴者は納得しないと思うんですが…。
そういう体質こそが問題なんじゃないでしょうか?
マスコミだけ特別な存在じゃなく、どこの企業でも一緒だと思うけどね。

日テレも過去にいろいろやっているじゃないネェ。

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新春放談

ナイアガラカレンダー


サンソンの「新春放談」を聴きながら記事を書いています。

今年は「ナイアガラ・カレンダー'78」のリマスターについての話題です。実は私は「カレンダー'78」を聴いたことないんですよね。
聴くところによるとこの78年のミックスにはほとんどエコーがないそうです。(驚)
私が初めて手にした「カレンダー」はCBS/SONY盤でした。
カセットテープでしたが。(笑)

Rock'n'Roll お年玉
Blue Valentine's Day
お花見メレンゲ
Baseball Crazy
五月雨

について興味深い話題が語られておりましたが、1981年当時、中学生だった私は「ロンバケ」からナイアガラに入門しましたが、まだ子供だった私は「カレンダー」の内容に正直ついていけませんでした。?????????`?i?????????j

81年以降のミックスではエコーががんがん掛かっている気がしますが、今日聴いた限りでは78年のエコーなしは良いですね。
ライチャス・ブラザース調アレンジの「五月雨」もハル・ブレイン調のドラム・プレイがなくて良いネェ。
※上原裕さんがいなかったのが正解だったのかもしれない。(苦笑)

それと「Blue Valentine's Day」もいいネェ。
この2曲は好感が持てます。
ジャック・ニッチェと古関裕而さん、伊福部昭さんの比較は面白かったですねェ。???[???i?????????j

発売日が待ち遠しいですね。
これは売れるかな?


大滝師匠曰く。

変わっていると言われていても30年経てば当り前になってしまうから余程変わった事をやっても大丈夫。

至言ですなあ。
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2008年01月04日

ひばり島珍道中 <大滝詠一リマスター・スペシャル>

ミソラヒバリ リズム歌謡を歌う


今日も聴いてしまいました「大滝詠一リマスター・スペシャル」exclamation

どうやって聴いたかは内緒です。???[???i?????????j

さて、今日は「ひばり島珍道中」でしたね。(懐かしぃ〜?h?????n?[?g
これも当時エアチェックして繰り返し聴いていましたよ。
特にオーラスにかかりました「歌声は虹の彼方へ」を大変気に入りましてよく歌っていました。

「河童ブギウギ」、「日和下駄」、「ひばりのチャチャチャ」、「チャルメラそば屋」も気に入りましたよ。
そんな私ですから後に「ミソラヒバリ リズム歌謡を歌う!1949-1967」が発売されたときはすぐに買いました。
今もお気に入りの「ひばりの花売り娘」を聴きながら記事を書いているんです…。???[???i?????????j

「ひばりの花売り娘」といえば、先日カラオケで知り合った10歳近く年下の女性が突然「花を召しませランララン〜????????」と歌いだしたときはビックリしました。
私ですら今日再放送された「ひばり珍道中」で初めて知ったのに…、む?違うぞ。そうそう、ひばりさんの追悼番組で初めて知ったのに。そんな若い娘が知ってるなんて…。

「何で「ひばりの花売り娘」をしってるの?」
「私、美空ひばりが好きなの。良い歌が多いのよ。」

こんな会話があったんですが、軽いカルチャー・ショックでしたね。
まあ、深く考えないことにしましたがね。

因みに上記以外のひばりさんの曲で私が大好きなのは何といっても、「あの丘越えて」と「花笠道中」です。???[???i?????????j
どうでもいいか。

しかし、ナイアガラーとして最後に「大滝詠一リマスタースペシャル」の感想をひとつ。

偶然なのか?必然なのか?分かりませんが、大滝さんの意図するところと違うと思うのですが、私的には自分の原点を再確認させてもらっいました。

第1回から今日まで全4回。すべて、自分の血となり肉となっている番組でした。(萩原哲晶さんのインタビューは全編聴いたのは今回が初めてでしたが…)カセットテープに録音して繰り返し繰り返し聴いたために頭の中に残っているのですよ。

そういう意味では、先月以来自信をなくし、落ち込んでいたのがウソのように爽快になりました。
果たしてこれは偶然なんでしょうか?

私は間違っていなかった。???[???i?????????j

ミソラヒバリ リズム歌謡を歌う!1949-1967
美空ひばり,コロムビア男声合唱団,ハニー・ナイツ,小野透,原信夫とシャープス&フラッツ,ジャッキー吉川とブルー・コメッツ,原信夫とシャープス・アンド・フラッツ,豊寿,静子
コロムビアミュージックエンタテインメント

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【Archive】
美空ひばり 「日和下駄」
※この記事はまさに「ひばり島珍道中」の影響です。
ミソラヒバリ リズム歌謡を歌う!1949-1967
ロカビリー剣法/美空ひばり
posted by 焼津半次 at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶に残る人たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

萩原哲晶 <大滝詠一リマスター・スペシャル>

これが男の生きる道


結局、今日も午後2時にラジオの前にいました。???[???i?????????j

かなわないね。
明日会社があるのでどうしようか迷っています。

さて、今日の大滝詠一リマスター・スペシャルは予想通り!
20数年前にオンエアされたニューミュージック・フォーラムのスピーチ・バルーンのコーナーで使用された萩原哲晶さんのインタビューでしたね。???[???i?????????j

インタビューの素材をそのままオンエアする勇気に敬意を表します。

この萩原哲晶さんが出演したスピーチ・バルーンを録音していたんですよ。あのカセットどこにいったかな?
当時何度も何度も聞いたので覚えている個所が結構ありましたね。

特に「スーダラ節」のくだりよりも「これが男の生きる道」と「ショボクレ人生」のくだりは良く覚えている。今回も大笑いしてしまいました。???[???i?????????j
東映映画のオープニングのような仰々しいイントロから始まる軍歌調の「これが男の生きる道」ですが、最後はなぜか?福神漬けが出てくるおかしさ。それとボーナスが出てから食べるごちそうがラーメンという面白さ。
これが分かるまで私もかなりの時間を要しましたです、ハイ。

因みに大学時代の私の口癖が「バッチリいきてぇなぁ〜」でした。
どんな大学生だったんだろう…。????????

今回、もう一度、萩原哲晶さんと大滝詠一さんのインタビューを聴いて再確認したのは、

クレージーの曲はアイディアをみんなで出し合って、青島幸男さんが作詞して萩原哲晶さんが曲をつけるスタイルだった。

『スーダラ節』が出来たときは傑作が出来たという自信はなかったがレコーディングスタジオでみんながバカウケだったので「ひょっとしていけるかな?」と思った。
作り手は作品に対して冷静である。

「ハイそれまでよ」は一等最初は植木等さんから出たアイディアだった。

ジョージ川口さんがデューク・オクテット(萩原さんのバンド)の連中と泊まったときのこと。
風呂屋から帰ってきて、ステージまでの間にハナ肇さんがドラムの練習をしないで鏡の前で百面相の練習を始めて驚いた。

萩原さん曰く「あれがジョージ川口とハナ肇の技量の差」だそうだ。
それに、「植木、ハナはミュージシャンじゃなくてアクターだ。」とも発言していたのは笑いました。
当時その部分はカットされていたように思います。
「スーダラ節」のくだりからオンエアされましたよね。
いやはや懐かしさも然ることながら貴重な音源を聞かせていただいて感謝感謝です。

本当に明日はどうしよう…。
部屋の中は電波の受信状況が悪いんだよなあ…。?????????`?i?????????j

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posted by 焼津半次 at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶に残る人たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

桑田真澄

桑田真澄選手のトークショーに誘われた。
もともと彼とは同い年(学年は彼のほうがひとつ上)ということもあり、うらやましい存在であり、憎たらしい存在でもあった。
自分が何の変哲もない高校生、何百万人分の一という存在の頃に彼はスーパースターだった。

PL学園のエースピッチャー。

うらやましく思うわなあ。
そんな人間のトークショーなんて胸くそ悪い!と思っていたので昨年は誘われてもお断りしたのですが、今年はなぜか?参加することにしたのです。これもすべて今年の私の行く道を暗示する出来事だったのかも知れない。


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posted by 焼津半次 at 18:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 記憶に残る人たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」

わかっちゃりるけどやめられない


そういえば、植木等さんが亡くなってもう1年近く経つんだよね。
週刊ポストに連とい載されておいた戸井十月さんの植木等さんのインタビューを毎週拝見していたんですが、連載の途中で植木等さんご本人が亡くなってしまったので尻切れトンボの感を残して連載は終了してしまった。

その連載が書籍化されたんです。

それが「植木等伝 わかっちゃいるけど、やめられない!」です。

まあ、立ち読みすればいいかなあなんて思っていたんですが、残念ながら昨年のクリスマス・シーズンは植木等さんがマイブームだったので買ってしまいました。?????????`?i?????????j

よくよく読んでみると目新しい内容もない植木等の初心者向きな内容で、盟友オランダの薔薇さんが「植木さんの遺言」と評したNHKーBSの特番を見た人間には物足りない内容になっています。

私が驚いたのは、植木さんとハナ肇さんの友情はいろいろな書籍に書かれているので知っていましたが、植木さんと世代が違う谷啓さんとも厚い友情があったことでした。
谷さんといえば故青島幸男さんと友情…みたいなイメージがありましたが、そうでもなかったようです。シティースリッカーズ以来の友情があったんですね。

谷さんがクレージーキャッツを辞めようとした話は青島幸男さんの小説で初めて知りました。これは事実だったようでこの本のインタビューで谷さん自身が語っています。
これは初めてのことじゃないでしょうか?

これを機にクレージーキャッツ関係の資料を読み直してみましょうかね。今年は私にとってクレージーキャッツ・イヤーになりそうです。???[???i?????????j

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植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」
戸井 十月
小学館

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植木等 「無責任一代男」
日本一の裏切り男 <私の好きな日本映画>
ニッポン無責任時代 <私の好きな日本映画>
クレージー黄金作戦 <私の好きな日本映画>
誰が何と言っても、世界一の笑顔!

思い出
植木等さん死去
さよなら 青島さん。
青島幸男さん通夜に550人
スターダストをもう一度
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青島幸男さん死去
日本一のホラ吹き男
ショボクレ人生/植木等
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2008年01月02日

林家三平隠し子騒動

故林家三平師匠は結構好きで師匠の話題が出るたびに興味深くいろいろ調べたりするんです。
ちょっと前の話題ですが…。

たまたまコンビニで手に取った週刊文春に隠し子騒動の記事が載っていてビックリ!もう三平師匠が亡くなって何年経つの?28年。30年近く経って隠し子騒動じゃあ三平師匠もゆっくり寝てらんないね。(苦笑)
当然、海老名家バッシングのひとつなんだろうけどネ。
嫌だ、嫌だ。噺家はホントに嫌だね。

初代林家三平、銀座ホステスとの間に隠し子…週刊文春報じる(サンケイスポーツ) - goo ニュース

昭和の爆笑王の異名をとった落語家で、昭和55年に亡くなった初代林家三平(享年54)に隠し子がいた、と26日発売の「週刊文春」が報じている。

同誌によると、三平が生前に銀座のクラブ「ボニー」のNO.1ホステスだった“悦ちゃん”と恋におち、東京・根岸の自宅から徒歩15分のアパートの六畳間を借りて囲っていたという。さらに親友だった落語家、三笑亭笑三(82)の証言として、彼女は5年近くも笑三を介して月5万円を渡され、最後に三平の子供を身ごもったという。

笑三はこの日、サンケイスポーツの取材に「40年か50年くらい前の話。2人ともまだ二つ目くらいでしたね。三平に子供が2人いたときです。急にウケてお金ができたので、よく店に飲みに行っていました。彼女から『三平師匠の子供ができた』と聞かされましてね。それであの家はもめたんですよ」と認めた。

海老名ファミリーでは11月12日に、三平の二女の泰葉(46)が落語家の春風亭小朝(52)と離婚。また、長女の海老名美どり(54)と泰葉の不仲も表面化している。
これも正蔵、いっ平の息子ふたりがしっかりしないからこんな事されるんじゃないでしょうか?
春風亭小朝師匠と泰葉さんの離婚会見でもなぜか?登場しているのが私には解せなかったし、あんなところに出ていくのはみっともなくないかね?

まあ、落語界の長嶋ファミリーと言われているそうですね。
これはマスコミが勝手に言っていることで私にゃ関係ないからね。
まあ、どうでもいいけど…。

【Archive】
林家三平 「ふりむかないで」
昭和の爆笑王 林家三平ものがたり
小朝知らず 〜春風亭小朝・泰葉離婚会見〜


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2008年01月01日

謹賀新年

DJ


新年明けましておめでとうございます。

一年の計は元旦にあり。

ですから、今年は「DJ元年」にしたいと思います。???[???i?????????j
なぜか?
本日NHK−FMで放送されました「大滝詠一リマスター・スペシャル」を聞きまして、そう決意しました。いや、決意せざるを得ない精神状態です。
少し興奮しております。???[???i?????????j

1984年にオンエアされたサウンドストリートのリマスターリングを施した素材を聴くわけですが、コレがまた懐かしい。私、コレ聴いていましたよ。(嬉)
明日は「イエロー・サブマリン音頭」のメイキング。その次は「萩原哲晶さんのインタビュー」の再構成だそうです。
もしかしたら、FM大阪で制作されていた「ニューミュージック・フォーラム」の「スピーチ・バルーン」のインタビューからかね。
そうするとかなり懐かしいものですぞ…。でも、NHKだから違うだろうなあ。そうすると初めて聴くインタビューかも知れません。
楽しみです。

やっぱり、ラジオは面白い。
この面白さを分からない連中が世の中に多すぎる!?????i?{???????j
私はラジオは「(想像力のない)バカには分からないメディア」と呼んでいます。
コレがないと面白さなんて分かるはずないんだから…。???[???i?????????j

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2007年12月31日

紅白歌合戦の断末魔

さあ、2007年も終わろうとしています。

ひとりで迎える年の瀬は少しさみしい。
「孤独」というのはたまには良いが、長くやるもんじゃない。????????

NHKの紅白歌合戦のお話し。
例年見ることはないんだけど、今年は久しぶりに見る気になった。
イメージだけだと思うんだけど、「家族揃って紅白を見る」みたいな情景が思い浮かぶ。その郷愁にも似たイメージが人々の頭の中に残っているのだろうな。そんな温かいお茶の間が存在しないことは分かっているんだけど…。

紅白歌合戦で憶えているのは、少年隊の「仮面ライダー事件」くらいかな。それも実際には見ていない。
サンプラザ中野のオールナイトニッポンで聴いただけだし…。

まあ、そんなことよりも番組が始まった。

面白い構成だね。
第1部で演歌歌手がジャンジャン出てくるのは意表を突いたね。????????
でも、それだけだね。こういうごった煮的な番組は支持されることないんだろう。紅白歌合戦はもう前時代の遺物なんでしょう。

ああ、見なければよかった。

さあ、2007年も暮れてゆきます。
来年こそはいい年になりますように。

みなさま、良いお年を。


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posted by 焼津半次 at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | THE DIARY | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月30日

No.1セクシー店員決定戦!米有名レストランが水着大会開催 - 米国

少し面白い話題をひとつ。
いろんなところで取り上げられましたが、日本でもファミレスやいろんなところで楽しめればいいのにね。???[???i?????????j
まあ、わが国のばやいは無理でしょうね。????????



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posted by 焼津半次 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ニュースなあなた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする