2006年10月18日

さよなら!横浜マリンタワー

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時代の流れなんでしょうか。
横浜港が活気にあふれていた時代のシンボルが、メモリアルになってしまったそうです。(涙)※上の画像は完成当時(1961年)のマリンタワーの姿です。

横浜マリンタワーと氷川丸が45年の歴史に幕−今後保存へ

hikawa-big2_.jpg横浜マリンタワーと氷川丸を運営する「氷川丸マリンタワー」(横浜市中区山下町)は12月25日、入場者の減少などに伴う経営環境の悪化のため、両施設の営業を終了する。

マリンタワーは1961年、横浜港開港100周年の記念として「横浜らしいモニュメント」を創ろうと建設された。灯台の高さ106メートルは現在も世界一の高さとしてギネスブックに掲載されている。また、1930年竣工の氷川丸は、優美な船型とアール・デコ様式のインテリア、一流シェフの料理などのサービスから「北太平洋の女王」と呼ばれ、主にシアトル航路で活躍した。戦時中は病院船、終戦時は外地からの復員船としても運用され、戦前・戦後で北太平洋を238回横断後、1960年に引退して横浜港に係留された。開業以来の両施設への入場者数は4,787万人。

同社は両施設の営業終了後、マリンタワーを横浜市に、氷川丸を日本郵船に譲渡する。両施設とも保存される方向で、横浜市は今後同タワーの改装工事を行い、日本郵船は今年末までに同船の運営方法を決定する予定。

11月18日から12月25日まで、「45年間ありがとうキャンペーン」を実施、両施設でセールや入場料の割引などを行う。最終日は氷川丸が汽笛三声を鳴らし、営業終了を告げるという。(ヨコハマ経済新聞
私が子供の頃の横浜は観光地化した今の姿とは大違いで、ホームレスがあふれているわ、汚いわ。子供心に嫌だなあと思った記憶があります。
山下公園といえば、氷川丸にマリンタワー。
今まで営業していたのが奇跡のような気もしますが…。

古いジョークに...こんなのがありました。

俺はマドロスだ。
俺は七つの海をまたにかけてきた。
海は俺の故郷さ。

小学生のとき、初めて諏訪湖を見た。
俺は担任の先生に言った。
「海はこれより広いのか?」
先生は言った。
「少なくともこれの三倍は大きい」と。

17才のとき俺は密航を企てた。
港で大型客船にうで卵と牛乳を持って乗り込んだ。
機関室で出港するのを待ったが、なかなか出港しない。
その船は、たしか、氷川丸といったけ。

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posted by 焼津半次 at 19:24| Comment(1) | TrackBack(0) | NEWS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
さみしい!の一言です。
でも、保存されるとのことで、ほっとしています。
Posted by 中村利彦 at 2006年11月20日 23:29
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